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SS山岳部隊

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    2010.01.22 | Photo Equipment

    Leica IIIcK


    当隊隊員が所有するLeicaの中で、一番「軍用っぽい」ルックスをしているのが、このLeica IIIcKグレーモデルである。

    特に軍やSS関係の刻印がある訳でも、資料によって軍で使用されていたことが判明している訳でもなく、単に色がグレーなので軍用っぽいというだけの話しなのだが、独軍装に一番似合うLeicaであることに異論はないだろう。

    ●Leica IIIcKについて

    Leica IIIcKは、戦中型IIIcにベアリングシャッターを搭載したモデルで、1942年より製造が開始された。しかし、1942年以降、全てのIIIcがIIIcKに切り替わった訳ではなく、通常のIIIcも平行して生産されていた。

    ベアリングシャッターの搭載は、熱帯や寒冷地、高高度を飛行する航空機内等の極端な気温条件下でのシャッター動作の確実性を確保するためのもので、特に寒冷地でグリスが凍結して動作不良を起こすという問題に対処したものだと考えられる。

    こうした気温変化に対する試みとしては、IIIcの1940~41年のロットの機体の一部に赤いシャッター幕が搭載されことを「Leica IIIc」にて述べたが、これは当時唱えられていた「色によって蓄熱/放熱効果が異なる」とする説に基づいたもので、特に赤が放熱効果が高い(遠赤外線効果の逆のような感じ)とされていたことから、赤幕が採用されたものと考えられる。同じ理論に基づくものとして、アフリカ戦線の将兵に支給された赤い内張を持つ防暑帽や略帽があり、いずれも1940年に製造されているのが興味深い所である。

    このアフリカ戦線向けの帽子類の例から類推すると、赤幕は太陽光線に対するシャッター幕の保護と、熱の蓄積によるフィルムの変質及び発火を防ぐためのものであったと思われる。しかし、実際には想定されたような効果を発揮しなかったことから、帽子の赤い内張は廃止され、赤幕も同様に効果を発揮しなかったことから短期間で適用が中止されたのではなかろうか。
    赤幕モデル生産中止の翌年の1942年にIIIcKがリリースされた事を考えると、当初は、太陽光線の直射や高温に対しては赤いシャッター幕で対処し、低温に対してはベアリングシャッターで対処することで、いかなる気温条件下でも確実に使えるカメラとして企画されていたのかもしれない。

    Leica IIIcK + 赤幕。

    当初はこうする計画だったのだろうか?
    ただ、ベアリングシャッターはともかく、赤幕の効果の程は疑わしい。

    ベアリングシャッターが搭載された点を除けば、IIIcKは通常のIIIcと何ら変わる所はない。外観についても同様であるが、軍艦部上のシリアルナンバーに続いてドイツ語でボールベアリングを意味する「Kugellagar」(クーゲルラーガー)の頭文字「K」が刻印されている点と、シャッター幕に白又は赤のインキで「K」と印されている点とで識別可能である。
    しかし、製造番号391101~391300の機体はベアリングシャッターを搭載しているにも関わらず、軍艦部上に「K」刻印がない。シャッター幕にはKマークが入っているが、戦後のメンテナンスで幕が交換されてしまっている場合、外観から判別する手段はなくなってしまうのだが、上記番号帯のものは、表記はなくてもIIIcKであるので、戦中型IIIcをお持ちの方はチェックしてみて頂きたい。ひょっとしたらただの段付きIIIcだと思っていたものがIIIcKだったということがあるかもしれない。

    何故この200台に限ってKマークが軍艦部上に刻印されなかったのか、確かな理由は分からない。ただ、このロットの直後のNo.392000あたりからのIIIc戦中型や、IIIc戦後型、IIIf、IIIg型には標準でベアリングシャッターが搭載されるようになったことを考えると、以後は標準装備とするので、特別な刻印は施さないという方針によるものだったのではないかと思われる。

    尚、IIIcKはグレーモデル同様に軍用とされる事が多く、実際に最も多用したのが軍であることには間違いは無いのだが、IIIc戦中型後期生産分からベアリングシャッターが標準装備されるようになったことを考えると、純粋に軍用として開発されたのかどうかは疑問が残る。恐らくは戦時中であったため、その多くが軍に納入されたに過ぎず、本来は通常の市販品のために開発された技術ではなかったかと思われる。

    ●レニ=リーフェンシュタールのIIIcK

    2003年秋、同年101歳で逝去したドイツの女優・映画監督として著名なレニ=リーフェンシュタールが使用していたIIIcKグレーがオークションに出品された。彼女は1934年にニュールンベルグで開催されたナチ党党大会の記録映画「意志の勝利」や、1936年のベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」「民族の祭典」等の監督を務めた他、戦時中に宣伝省配下の戦時報道部隊に所属していた事から、ナチスのプロパガンダに加担した罪で、戦後フランスにて戦争犯罪者として裁かれるが、ナチ党党員でなかった事等から無罪となり、以後死に至るまで、映画監督、写真家としての活動を続けたことが知られている。

    そのリーフェンシュタールが1960年代後半にアフリカのヌバ族を扱った写真集「NUEBA」の撮影に使用したカメラの1台がIIIcKグレーであった。彼女は戦前よりライカを使用していたことで有名であるが、この機体は1950年代にニューヨークにて中古で入手したとされる。元々は1945年にアメリカの軍人がドイツで入手したものだと言われ、1951年にライツ社にてIIIfへの改造サービスを受けているのが特徴である。製造番号は390452Kで、彼女はこの機体のことを「IIIfK」と呼んでたそうだ。IIIfは標準でベアリングシャッターが搭載されているので、わざわざ末尾に「K」をつけて呼ばなくても良いのではないかという気がしないでもないが(どうしてもというなら「IIIfグレー」と呼ぶとか)、レニ=リーフェンシュタールのライカへの思い入れというか、こだわりが伺われるエピソードであろう。わざわざ変な呼び方してる所がマニアっぽい。

    所で、当隊のIIIcKグレーも戦後にIIIfに改造されており、見た目はリーフェンシュタールのIIIfKと全く同じである。製造番号も390628Kと176番違いで、製造ロットも同じであると思われる。恐らくこの機体も390452K同様に、アメリカの軍人によって米国にもたらされた後にIIIfに改造されたものと推察されるのだが、ひょっとするとこの機体がリーフェンシュタールの手元に渡った可能性もあったのではないか、紙一重の所で一方はレニ=リーフェンシュタールに、こちらは日本へという運命を辿ったのではないか? などと考えるとちょっと楽しい。

    因みに、リーフェンシュタールのIIIcKグレーは400万円だったか、700万円だったかで落札されたそうだが、全く同じ仕様の機体とは言え、著名人の手垢のついていない当隊の機体は、IIIcKグレーの相場よりは幾分安い値段で売られていた。恐らくIIIfに改造されてしまっていたのがマイナス評価となったのであろう。しかし、IIIcK自体の生産数が推定2000~3000台と言われており、量産品としてはかなり少ない部類であり、更にKでグレー塗装でIIIfに改造されている機体となると、数はかなり限られてくるのではないかと思われる。これに「レニが使っていたのとかなり近い製造番号」という条件を加味すると、恐らく現存しているのは数台レベルにまでなるのではなかろうか? ライカ通一般の評価の対象にはならないとは言え、そういう意味では、これはこれで結構レアな機体なんじゃないかと思う次第である。

    Leica IIIcK グレーモデル。

    大戦後半になると、カメラの表面処理に多用されていたクロームが不足するようになり、その代用としてグレーペイントが施されるようになった。このグレーは良く、「元は空軍のブルーグレーだったのが、経年変化でくすんだ色」とされるが、ボディ内側の比較的保存状態の良い部分であっても、外側と比べると若干明るい程度で、ブルーグレーにはなっていない。従って空軍のブルーグレー塗料を使用したとする説は間違いであろう。むしろ戦車や軍用車両に多用された所謂「ジャーマングレー」「パンツァーグラウ」系統の塗料が大量に在庫されていたので、これを利用したと考える方が自然ではなかろうか。

    Leica IIIcK軍艦部。

    このIIIcKグレーはNo.360628Kで、1945年のロット。
    戦後IIIfに改造されており、シャッターダイヤルとフィルム巻き上げノブがIIIfのものになっている他、シンクロ端子が増設されている。

    Leica IIIc用速写ケース。

    Leica IIIb迄の機体と比べて若干大きくなっているので、速写ケースもIIIcのサイズに合わせた若干大きなものが用意された。このケースはユニバーサルファインダーを装備した状態で収納できるタイプのもの。SS-KBでも使用されていたことが当時の写真で確認されている。

    このようにユニバーサルファインダーと50mm迄のレンズを装着したままで収納できるので便利である。

    Leica IIIcK + Hektor 135mm f4.5 + VIOOH。

    当時の記録写真で割と良く見かける組合わせである。
    135mmレンズはLeica用としてはアダプター無しで使える最長の焦点距離を有するレンズであるため、容易に被写体に近づけないような状況で活躍したものと思われる。

    ユニバーサルファインダーVIOOHは35mm〜135mmの画角に対応しており、ユニバーサルファインダー本体上のダイヤルを装着しているレンズの焦点距離に合わせることで、それに対応するマスクが視界に現れる仕組みになっている。また、パララックス(視差)補正機能も有しており、本体に装備されているビューファインダーを用いるよりは、視差を低減させることができる。

    ●Leica IIIcK図解

    シャッター幕にはこの図のように「K」の文字が、白又は赤で入れられていたが、使用する過程で剥げてしまったり、後にシャッター幕を交換したことで残っていないことも多い。

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