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SS山岳部隊

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    2010.01.22 | Photo Equipment

    Contax III


    近年、SS戦争報道部隊員に対する支給品リストが発見され、その一例としてノイマンSS少尉に支給された機材一覧を先に紹介したが、これは小型カメラのLeica IIIbと中判カメラのPlaubel Makina IIとから構成されていた。

    Leicaはドイツが世界に誇る、E.Leitz社製の優れた35mm判レンジファインダーカメラであるが、同ジャンルのカメラとしては、Carl Zeissのカメラ部門であるZeiss Ikon社のContaxもまた有名である。LeicaとContaxは当時の世界において、35mm判カメラの双璧を為す存在であったと言っても過言ではない。

    当時のSS戦争報道部隊員を写した写真から、Contaxもまた使用されていたことは既に知られていたが、こちらもそのことを裏付ける資料が発見されている。
    クルトエッガース連隊のメルツSS軍曹に支給された機材は以下の通りであった、

    1 Ledertasche fuer Photoausruestungsgegenstaende(機材収納用革鞄)
    1 Kameratasche fuer Contax Leder(Contax III用速写ケース)
    1 Contaxgehaeuse mit elektrisehem Belichtungsmesser Nr.34736(Contax III)
    1 Sonnar 1:1.5 F=5cm Nr.2554701(Sonner 50mm f1.5 標準レンズ)
    1 Weitwinkel “Biogon” 1:2.8 F=3.5cm Nr.2471261(Biogon 35mm f2.8 広角レンズ)
    1 Triotar 1:4 F=8.5cm Nr.2404365(Triotar 85mm F4 望遠レンズ)
    1 Belichtungsmesser “Bevi” mit Lederetui(Bevi電気式露出計、革ケース付)
    1 Lederbeutel mit Filme(フィルム用革ケース)
    1 Kontaktmappe(印画紙用ホルダー)
    1 Leihempfangsschein der GruppeBild(集合写真受領書)

    (山下英一郎著『制服の帝国ーWWIIドイツ軍装写真集1「武装SS」』新紀元社 2005、P.106より)

    「Contaxgehaeuse mit elektrisehem Belichtungsmesser」とは、「電気露出計付Contax」という意味で、これはContax IIIを意味している。 Nr.34736という製造番号からすると1936年製の発売間もない頃のロットであると思われる。

    ノイマンSS少尉と異なり、メルツSS軍曹にはContax III一式のみが支給されていたようで、必ずしも小型カメラと中判カメラとがセットで支給されていた訳ではないらしい。恐らく、基本的にはLeicaやContaxのような35mm判カメラが全員に支給され、各部隊に派遣されるグループ毎に何台かの割合で中判カメラや大判カメラが支給されていたのだろう。

    また、興味深いのは、Contax IIIには露出計が搭載されているのに、別途単体で露出計が支給されている点だ。しかもそれは、ノイマンSS少尉と同じ「Electro Bevi」という機種である。SSではこの露出計を標準装備にしていたのだろうか?

    ●Contax III

    当隊ではこのメルツSS軍曹への支給品リストが発見される前から、Contax IIIを主に露出計として使用していた。つまり、Contax IIIで測光し、Leicaで撮影していた訳だ。
    勿論、当時の写真にてContax IIIの使用実績があるのは分かっていたのだが、それが官給品なのか私物なのかは判断のしようもなく、こうして文書にて支給されていたことが判明したのは嬉しい限りである。

    Contax IIIは、Zeiss Ikon社より1932年に発売されたContax Iの後継機種で、1936年に発売されたContax IIにセレン式の電気露出計を搭載したモデルである。現代のカメラのように、露出計とシャッタースピード、レンズの絞り値は連動しておらず、単にカメラの上に露出計が乗っているだけなのだが、当時としては非常に先進的且つ画期的な機種であった。何しろ露出計搭載は同じZeiss Ikon社が1935年に発売したContaflexに続く、世界でも2例目の存在なのである。

    Leica IIIシリーズ同様のレンジファインダー式カメラであるが、その機構はより先鋭的で、いかにもドイツの工業製品といった趣きがある。
    まず、レンジファインダーは、Leicaが測距用ファインダーとビューファインダーが別々の複眼式であるのに対し、Contax II/IIIでは、ビューファインダーの中心部分に測距用の二重像を投影する単眼式で、これはM型ライカ等の現代のレンジファインダーカメラでは当たり前となっている機構である。基線長もLeicaの38mmに対して98mmと長く、より高精度である。
    レンズマウントもLeica IIIがネジ込み式なのに対し、ワンタッチで着脱できるバヨネット方式を採用している。これも現代では当たり前の方式であり、1930年代にこれを実現していたContaxの先進性が伺える。
    シャッターは商店のシャッターをそのまま縮小したような、細長い金属片を綴り合わせたもので、高い工作精度無しには成立し得ない複雑な機構となっている。
    また、ボディ前面には、現代のカメラでは必須装備となっているセルフタイマーが搭載されている。当時のLeicaでは、特注で組み込むか、レリーズ上に適宜外付けという対応であった。

    当時としては複雑で、オーバーテクノロジー的先進性を持った内部機構であった割に、堅牢で壊れにくいという点も軍用として採用される大きな要素であったと思われる。ただシャッターだけは、一旦壊れてしまうと修理するのは難しく、特に1/1000秒といったハイスピード時に正しく作動させるようにするのは一苦労だったと言う。

    Contax IIIは1936〜1942年にかけて、38,000台が製造された。
    Leica IIIc等と比べるとかなり少ない数だが、これはLeicaと比べて複雑な構造である上に、電気式露出計を搭載している等、製造コストが高く量産には向かなかったからだと思われる。

    尚、戦後Zeiss Ikonの工場を接収したソ連は、ラインごと残っていた部品等を持ち去り、ウクライナにてContax II/IIIの組立てを行った。部品が底をついた後は、その生産設備を利用したコピー品の製作を始め、1980年代後半まで、Contax II/IIIのコピーを造り続けていた。これが「KIEV(キエフ)」である。
    工作精度や組み付け精度に甘さはあるものの、正にContax II/IIIそのものであり、特にContax IIIのコピー品であるKiev III/IIIaに搭載されているセレン式露出計やシャッター等は、本家Contaxのレストア用の部品として重宝されている。

    Contax III。

    同じ35mm判のレンジファインダーカメラであるが、Leicaとは随分異なった武骨な雰囲気である。
    細い金属片を日本の鎧のごとく綴じ合わせたシャッターに注目。

    軍艦部上に乗っている四角い部分がセレン式電気露出計である。

    Contax III軍艦部。

    露出計のメーターが印象的。
    背面のアイピースも現代のカメラと同じく単眼式のため、一つのみとなっている。

    1936年当時に、こうした電気式露出計搭載のカメラが企画されたのは、同年発売されたアグファ社のカラーフィルムに対応するためらしい。当時のカラーフィルムは露出に厳しく、正確に測光する必要があった。

    製造番号は88815で、直前に打たれているアルファベットが「C」であることから、1936〜1937製造であることが分かる。

    セレン式露出計。

    普段は蓋を閉じておき、必要な時に蓋をあけて使用した。
    黒い縦線が入った部分がセレン素子の受光部で、ここが光を感知すると軍艦部上のメーターに値が反映される。

    Sonnar 50mm F2.0。

    Contax用の代表的な標準レンズ。
    F1.5とF2.0の2種類があり、これはF2.0の方。

    当時の世界最大/最先端の光学機器メーカーであるCarl Zeiss社製だけあって、Leica用の同クラスのレンズと比べ、F値がより明るくハイスペックである。F1.5は当時としては驚異的な明るさのハイスピードレンズである。因みにLeica用標準レンズのElmar 50mmはF3.5、Summitar 50mm、Summar 50mmはF2.0であった。

    F値は小さい程明るく、より速いスピードでシャッターを切ることができる。
    まだまだ感度が低かった当時のフィルム(カラーでISO25〜50、モノクロでISO50〜100程度)では非常に有利である。

    海軍用を示す刻印。

    「MF◯◯◯」は、海軍の備品であることを示す刻印。
    従って、このゾナーは海軍で用いられていた軍用レンズということになる。

    その左側に刻印を削った跡があるが、ここには本来アドラーが刻まれていた筈。
    戦後、ナチとの関係を嫌って削り取ったものと思われる。

    Contax III用速写ケース。

    露出計を搭載したContax IIIに対応したZeiss Ikon社製の純正品である。
    メルツSS軍曹に支給されたケースもこれと同じ物であったと思われる。

    アクセサリー類。

    左から、Electro Bewi露出計、フィルムカセット、Sonnar 50mm用緑色フィルター。
    Electro Bewi露出計はメルツSS軍曹だけでなく、ノイマンSS少尉にも支給されていた。

    Contax用フィルムカセット。

    中には金属製のフィルムカセットが入っていたが、現在フィルムと共にContax IIIの中に入っているので、撮影できず。代わりにContax IIIから外したフィルム巻き取り軸を入れて保管。
    バルクのロールフィルムを切って使用する際等に利用する。

    Sonnar 50mm 用緑色フィルター。

    枠に「Zeiss Ikon Stuttgart」の刻印がある純正品であるが、この銘のものは戦後物。戦前〜戦中モデルは「Zeiss Ikon Jena」。
    他に黄色、赤フィルターがあり、枠もクロームではなく黒仕上げのものも存在した。

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