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SS山岳部隊

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    ライバージャケット製作記

    ■ライバーの魅力

     果たしてSS が開発した迷彩なのか? そもそも実在したのか? 未だに白黒ハッキリつかないライバー迷彩であるが、私はこの迷彩が大好きである。従来のSS 迷彩とはガラっと変わった斬新なデザイン、対赤外線暗視装置対策等、現代の迷彩服にも通ずる高い機能性を1945年という時間において夢想してみると、いかにも近未来的でファンタジカルな格好良さに満ち満ちている。子供の頃憧れた、SF映画に出てくるイカした武器やらアイテムやらに通ずる魅力があると思うのだ。もし、これが武装SSで使われていたら...と考えただけでワクワクしてしまう。
     例えば、ライバー迷彩服上下にウェッブベルト&ウェッブYサスにAフレームをくっつけたSS 装甲擲弾兵が、Stg45(M) あたりを持って突撃する様を想像してみて欲しい。想像してみた結果、夜も眠れず、いてもたってもいられないようになってしまった、という方は、是非当隊の門を叩いて頂きたい。多分、楽しくやっていけると思う。

     そんな素敵なライバー迷彩であるが、もしこれが、「実在しませんでした」という方向で白黒ハッキリついてしまうと、上記のような妄想を楽しむ余地が無くなってしまう。従って、そっち方面で白黒ハッキリついてしまう前に、妄想の翼を最大限にはためかせて、武装SS装備としてのライバーを堪能しておきたい。そうしておけば、後日完全にファンタジーだと確定した場合でも、悔いは残らないであろう。


    ■当隊ライバー迷彩服開発小史

    連隊長(の彼女)作
    1999年版スイス軍改M45 ライバー迷彩上衣

     実はこの、「ライバーやるなら今の内だ!!」という想いは、当隊創設以来、かれこれ10年近く温めてきたものであった。
     そもそも1997年、未だSchwarz! というサークル名が定まっていなかった頃、既にライバー迷彩服レプリカ製作企画が存在していた。これはメンバー有志から出資を募り、国内で迷彩生地を製作し、これを西アジア某国にて縫製しようという意欲的な企画であったが、某国がとある事件を起こし、日本を含む世界各国から経済制裁をくらうに至り、1998年に一旦計画中止とし、プールしてあった資金は出資者に返金することとなった。
     また、1999年〜2000年にかけて、スイス軍迷彩服をベースに、上着3着、ズボン1着を試作し(写真左)、幾つかの野戦系イベントにて着用したこともあったが、当時はライバーのようなイレギュラー(というか、キワモノというか)なアイテムよりも、基本的なアイテムを隊員全員に揃えさせ、服装、徽章や装備を統一させる事が急務であったので、隊全体でライバーを装備する迄には至らず、「将来やりたい事リスト」の一つに書き加えるに留まった。

     以来、M40 野戦服上下を米国のスティーブ氏に特注(生地と細部及び内装のディティールがレギュラー品と異なる)して人数分揃えてみたり、サムズ製のドット迷彩服を全員で買ってみたり、必要な徽章類を海外メーカーに発注してみたりという事を積み重ね、最近では服装や徽章、装備の面では殆ど心配は無くなってきた。ハンジャールや大戦初期の装備となると、まだまだ揃わない面もあるが、着用頻度の高い、中期〜末期の装備であれば、全員問題無く、完璧なフル装で集合できる所迄、10年かけてようやっと到達した訳である。
     そんな本年5月、御殿場で開催されているヒストリカルゲームイベント、「ケ号作戦」に参加しないか? という話しが隊内から出てきた。ケ号をはじめ、御殿場で催されるゲームには、隊員が個人的に参加したり、隊としても英軍として参加したことはあるが、ケ号にSSとして参加した事は未だなかった。サバイバルゲーム中心のイベントであること、夏場に催されることを考えると、ウール服よりも迷彩服の方が、より適していると言える。服装や装備がある程度充実してきた今こそ、ライバー企画実現の時ではないだろうか? そう考えた私は、早速、「ケ号ライバー参戦案」を提出。多くの隊員の熱い賛同を得、目出たく実施の運びとなったのであった。


    ■いかに調達するか?

     さて、問題はいかにライバー迷彩服を調達するか、である。
     何しろケ号に参加表明している隊員だけでも12名おり、少なくともこの人数分のライバーは用意しなければならない。これ迄当隊は、M40 やら迷彩スモックやらプルオーバーシャツやらツエルトバーンやらを人数分調達して揃えてきた訳であるが、これらは海外のレプリカ屋で扱っているレギュラー品なので、単に注文を入れさえすれば良く(M40 や一部の黒服は特注で細部のディティールを追加してもらったりしたが)、金で解決できる類のものであった。ライバーも出来れば、既製品を人数分購入してしまう事が望ましい。
     そこでまず、私の知る限り、世界で唯一ライバーのレプリカ生地を製作している東欧某国の業者とのコンタクトを試みてみた。が、バット中佐が指定されたアドレスに、英文にて見積り依頼をかけてみたものの、一週間経ってもマトモな返答は得られなかった。どうやら前評判通り、レプリカとして売る気は無いらしい。かと言って、そいつが自分で拵えていると分かっている物を、「実物」として、ウン十万出して買う気も無いので、東欧からの調達は早々に諦めることとした。

     そうなると、残された手段は、「自作」である。
     資料本『Camouflage uniforms of the Waffen-SS』(M.D.Beaver & J.F.Borsarello, Schiffer, 2004) に掲載されている、実物生地の見本と、文中の各パターンの間隔に関する記述を参考に、版下データを起こしてみたりしてみたが、迷彩原反を製作し、型紙を起こし、縫製するとなると、予算の問題もあるが、何よりも時間が足りない。とても1ヶ月ちょっとで12セットを用意するのは無理なように思えた。そこで、最終手段、「スイス軍服の改造」である。

     「Leibermuster とは?」の項でも述べたが、スイス軍は1955年〜1990年代中頃迄、ライバー迷彩を戦闘服に採用していた。赤味が強い等、若干の相違点はあるものの、基本的なパターンと色使いは大戦中に開発されたとされる物と同じである。以前、実物とされるライバー迷彩上衣を手にとって見る機会があったが、襟の裏等、色褪せの少ない部分を見る限り、元々のライバー迷彩も、スイス軍版程ではないにせよ、通常写真で見る物よりは赤味も強く、タンの色調も割合に濃いことが分かった。スイス版ライバーも年代やロットによっては、これに近い色調のものもあり、そういった物を入手できれば、そこそこ良い雰囲気のものを作れるように思う。

     そして、上述の通り、過去にこの方法で上衣3着、ズボン1着を試作した事がある。内1着は生地全体にカーボンブラックが薄くオーバープリントされている、夜間迷彩服と思しきものをベースとしているので使えないが、具体的な改造方法はこの時に習得しているし、見本もあるので、この方法で臨めば、上着に限って言えば、12−2=10人分を1ヶ月で用意することは充分可能と判断したのであった。ズボンは間に合わなくても、上着だけ何とかなれば、ファーストステップとしては上等である。


    ■脱色実験

     2006年6月3日
     定期訓練の後の会合にて、スイス軍服改造案が了承される。これに際し、バット中佐から、色目をより実物に近付ける為の脱色実験を併せて行う事が提案され、これも了承。即日実験用のスイス軍ライバー迷彩生地片を支給し、実験にとりかかってもらう。

     2006年6月5日
     バット中佐より脱色実験の結果報告が上がる。

    発:バット
    宛:たいちょー

    実験結果

    1. 酸素系漂白剤=全く効果なし
    2. 塩素系漂白剤 20分間づつ浸して結果を確認
     1Lあたり10ml の場合:全く効果なし
     1Lあたり20ml の場合:全く効果なし
     1Lあたり30ml の場合:全く効果なし
     ブリーチ原液に直接浸して15分すると少しだけ茶色部分が
     薄くなったが、赤、緑、黒部分は全く変化せず。

    スイスのは生地の繊維とは関係なく、生地の上からかなり強力なインクをコーティングしている状態でして、化学脱色はほとんど通用せずです。
    今晩は軽石によるストーンウォッシュ加工にチャレンジします。
    SS装備集のカラーの写真を見ますとライバーは黒ははっきり残っているものの、赤、緑はかなり(もともとから)薄いように見えます。
    スイスは黒も赤も緑もはっきりくっきりなのがどうもライバーの違いとして目立つということかと。
    よってブリーチ原液に30分浸して茶色を薄くし、赤と緑を集中的に軽石でこするという加工になるのかもしれません。

     当初は割合サックリと脱色できるものと踏んでいたのだが、意外と難敵であるようだ。以前聞いた話しでは、スイス軍生地をストーンウォッシュしてヨレヨレにしたもので作ったと思しきフェイクが出たことがあったそうなので、これはやはり軽石攻撃しかないのかも知れない。

     2006年6月8日
     バット中佐から再び実験結果報告。

    発:バット
    宛:たいちょー

    軽石実験の結果ですが、ブリーチ原液に15分浸けて茶色部分が肌色になったものを水の中で軽石(お風呂用)で約10分こすりました。

    1. 縫い糸が全部切れた
    2. 生地が破れて穴があいた
    3. 肝心の色は肌色が白っぽくなったのはまあまあとして、
     緑はくっきりと明るい新緑色となってしまい、薄れもかすれもせず、
     軽石攻撃を全く受け付けず。
     赤はエンジから明るい赤となってしまい、薄れもかすれもせず、
     軽石攻撃を全く受け付けず。
     黒は少し薄くなったものの、良く見ないとわからない程度の変化。

    つまりこの布は化学染料でカーキにした布に、おそらく相当頑丈な赤、緑、黒のインクで上からプリントし、熱着だか特殊加工だかして、スイス陸軍のスペックに合格した優秀な生地ということと思います。
    脱色でカーキだけは薄くなりますが、あとの色はびくともしません。
    強く軽石処理しますと縫い糸が壊滅し、生地自体に穴が開いてしまうわけです。しかも小さな軽石を広い面積にかけるのは奴隷労働状態となります。
    これでは時代がけ加工というものが出来んです。土に埋めても、緑と赤と黒はくっきり残るものと思われます。

    スイスのカモには2種類あり、地が肌色のもあります。
    ですんで、今回の実験ではスイスカモの濃いのを脱色したら、スイスカモの薄いのになった、という結果です。
    ボルサレロ、ピーターソンの本を見ますと、いずれもライバーは黒だけがくっきりして、緑、赤、カーキはほとんどかすれています。黄色っぽく見えると言いますか。

    ですんで、ライバーは実施すべきかどうか、小官としてはちょっと無理かと思っております。あまりにスイススイスしていて、あくまでスイスから脱することが出来ません。東独改造独軍服みたいなコンセプトの甘さが抜けません。

    各員何か良いアイディアがあれば提示願います。

     軽石も通用しないとは驚いた。では、件のフェイクはどうやって脱色したのだろうか?
     それはともかく、これに対し、隊内からは、

     「経年変化した実物の色味にこだわらなくても良いのではないか?」
     「実物でも褪色が少ない部分は、赤も緑も結構濃いので、無理して脱色しなくても良いのでは?」
     「そもそも生地がHBTじゃないんだし、ライバーはライバーな訳だから、別にそのままでもいいんじゃん?」

     等の意見が寄せられた。これを受けて、脱色はせず、形だけ近付けるという線で、ライバー迷彩服の製作を進める事が決定されたのであった。


    ■製作開始

     ベースとなる服は、スイス軍の2ポケットジャケットである。当初は海外のサープラス店より取り寄せようかと思ったのであるが、上野の中田商店に大量に在庫されている事が判明。早速人数分のオーダーを入れた。
     このジャケットは、全体的に独軍の2ポケ上衣に似た形状をしているが、

     1. 前あわせがジッパーになっている
     2. 袖の開閉もジッパーになっている
     3. 胸ポケットの位置が高い
     4. 胸ポケットが長い
     5. ポケットフラップがホック式
     6. 左腕に余計なポケットがついている
     7. 裾が長い

     という相違点がある故、単にSSの徽章を付ければ済むといういものではなく、それなりの改造作業が必要になってくる。具体的には、

     1. 余計な物(ジッパー、エポレット、肘あて、ポケット)を全て取外す。
     2. 前あわせをボタン式(5つボタン)にする。
     3. 袖口をシャツ風の形状に改め、ボタン留めとする。
     4. 胸ポケットを新造し、3cm程下につけ直す。
     5. 裾を詰め、腰紐を通す。
     6. 前身頃に見返しをつける。

     という作業を行わねばならない。

     2006年6月17日
     第1回作業会。

     新設された当隊北総基地に、ミシンや必要な資材を運び込み、製作にとりかかる。
     本日は、前合わせと袖のジッパー、エポレット、肘あて、胸ポケット、左腕のポケットといった、不要なパーツを取り除くことに専念する。慣れの問題もあるが、1着あたり大凡2時間程度かかる。本日の参加者は6名なので、概ね一人2着づつ処理して、4時間コースである。

     縫製は、当隊被服部長のマイスター・ルドルフが担当。

     2006年6月24日
     第2回作業会。

     余分なパーツを取り除いた服の前合わせをボタン留めに出来るよう加工する。具体的には襟を合わせの部分より左右それぞれ3cm程引っ込め、ボタンとボタンホールを設けて重ね合わせる余地を作る。
     襟の処理が終わったら、ジッパーを取外した前合わせを再度縫い閉じ、着丈を詰める。

     マイスター・ルドルフが縫製している間、他の隊員は袖口の部品を、着丈を詰めた際に生じた余り布等から切り出しておく。

     袖口に先程切り出しておいた部品をあて、Yシャツの袖口のような形状(写真下段参照)に作り直し、ボタンホールをあける。

     2006年7月8日
     第3回作業会。

     前合わせと襟、袖の加工が概ね終了したので、胸ポケットの新造と取り付けにかかった。
     取外した肘あて及び、ポケットから、型紙通りに切り出して、縫製。フラップのボタンホールは、勿論取り付け前にまとめてあけておく。

     限られた時間で、数をこなさねばならない為、ポケット本体やフラップが一部斜めになったりした物も出たが、隊員からは「かえってその方が末期っぽくってイイ」と好評であった。

     2006年7月15日
     第4回作業会。

     1週間後に迫ったケ号当日に向け、号令や動作の訓練、その他の準備の合間を縫って、最後の作業を行う。服本体の加工は概ね終了しているので、ボタンと徽章の取付、細部のチェックがメインとなる。

     ボタンは前合わせ5個、ポケット2個、袖口2個の計9個が必要。この内、袖口は紙ボタンであるが、残りはグレーペイントされた19mmの皿ボタンである。徽章やボタン類は米国のショップから取り寄せた。グレーボタンは100個纏めて買った所、@$1.00-であった。

     仕上げに右胸の裏側に、”SS-BW” のスタンプを押す。因みに実物とされているものには、このスタンプは入っていないが、スイス臭さを抜く為に、避けては通れない儀式のようなものである。
     これでもう、誰が何と言おうと、SS M45 Leibermuster Tarn Jacke である。

     ここ迄、たった一人でミシンをかけ続けた、Meister Rudolf こと、当隊被服部主任ルドルフ一等兵の働きに感謝である。

     完成したM45ライバー迷彩ジャケットに袖を通す隊員達。

     皆、満面の笑みを浮かべている。相当嬉しいらしい。いかに当隊隊員と言えども、この企画に追随してくるのは難しいのでは? と一抹の不安を感じたこともあったが、彼等の笑顔を見て、それが全くの杞憂である事を悟った。


    ■ライバー将校服

     ようやっと製作を終え、後は実戦投入するのみと、隊員達の士気は嫌が応にも高まっていった。特にこれ迄、一人でミシンをかけ続けてきた、被服部主任のマイスター・ルドルフは、無事任務を遂行出来たことに並々ならぬ達成感を感じていたようであり、他の隊員を捕まえては、これ迄の作業の苦労話し等を滔々と語っていた。
     そんな時、シュミット軍曹が血相を変えて階段を駆け上がってきた。彼は階下の倉庫に、以前試作した2着のライバー上衣の内の1着を探しに行っていたのだ。

     「隊長! 大変です!! ライバーが見当たりません!!」

     その場にいた全員が凍り付いた。
     以前試作した2着の内1着は私が、もう1着は、2次戦銃オンリーのシューティングレンジの立ち上げという重要任務を帯び、現在フィリピン支部に派遣中のフランツ伍長が所有することとなっていた。彼はフィリピンに飛ぶ際、夏服以外の装備品は全て北総基地倉庫に預けて行ったのだが(フィリピンでは暑くて着てられないので)、どこを探しても肝心のライバーが見当たらなかったのだ。急遽電子メールにてフランツ伍長に照会するものの、フィリピンには持って行っていないとの事。フィリピン赴任に伴い、自宅も引き払ってきるので、あるとすれば隊倉庫しか有り得ないと言う。しかし、幾ら探しても見つからないのだ。
     今回のライバー計画は、この試作分2着を含めて検討してきたので、これが1着無いということは、1着足りなくなることを意味している。これはマズい事になった。隊員からはフランツ伍長に対するライバー紛失を咎める発言が続出。上等兵に降格の上、フィリピンゲリラとマルシンの98kでサシで戦ってこい、という事なった。

     閑話休題、幸いなことに、作業場には、こんな事もあろううかと私が別途購入してきたスイスライバーが2着ある。しかもサイズ62 という、身長182cm、体重110kg の私にとってもブカブカなサイズである。大きい方が布を沢山とれて良いだろう、との判断である。これを使ってもう1着拵えるしかない。
     任務を果たした達成感に酔い、ボーっとしていたマイスター・ルドルフは、これを聞いて愕然とし、

     「隊長、いくらなんでも今からじゃムリっすよ」

     と、のたまった。
     そんな事は百も承知だ。しかし、ここ迄頑張ってきたからこそ、1着だけ足りない、一人だけ別の衣装という訳にはいかないのだ。そこで私はマイスター・ルドルフに秘策を授けた。それが、これだ!

     御覧の通り、グリーンカラー、フレンチカフ、プリーツドポケットの将校仕様である。しかも写真では見えにくいと思うが、腰はスラッシュポケットになっており、黒服やM37 フェルトブルゼのイメージを投影している。
     勿論、こんな服は存在していないのであるが、将校や下士官の中には、迷彩スモックや迷彩ツェルトの生地を用いて、こういう類の服を仕立てて着用している例が知られている。もし、実際にライバーツェルトが支給され、戦争がもそっと長引いていたら、中には同じノリでこういう服を造ろうと企てる者が出たであろうことは、想像に難く無い。

     そして、この方が、

     1. 丈を詰めなくて済む。
     2. 袖口の加工が楽。
     3. 腰紐を通さなくて良い。

     と、短ジャケットを造るよりも、作業が楽になるのだ。
     もっとも、マイスター・ルドルフは、「大して変わんねーっスよ!」と言っていたが。

     とにかく、マイスター・ルドルフの最後の奮戦により、どうにかこうにか人数分のライバー迷彩ジャケットを揃えることが出来た。私が将校ライバーを着用する事で、既に所有している1999年試作型の短ジャケットを隊員にまわすことが出来る。


    ■4ポケジャケット

     「隊長、小官もライバーを2着、独自に製作致しました!」と言うので、ひょっとしたら...と隊員一同思っていたら、やっぱりバット中佐も4つポケジャケットを造っていたのであった。

     「リチャードソン・レポート」には、ライバー迷彩を用いた4つポケジャケットについて言及がある。添付されている生地見本がHBT でなく、スムースな織の生地であった事からすると、43年型のドット迷彩ジャケットのパターンをライバー迷彩にしたような物であったかも知れない。
     左の服は、プリーツドポケット、こうもりフラップと、将校服かM40以前の野戦服のようになっているが、フラップを長方形にし、プリーツをナシにしたならば、想像される4つポケライバージャケットのイメージに非常に近いものになろう。

     今回は下士官という設定なので、襟回りにトレッセを巡らしてある。また、左袖に巻いているカフタイトルは、「Leibstandarte」(実在しない、ファンタジー物)である。ケ号会場にてこれを見たある方は、「リベラルな格好だね!」とおっしゃっておられたが、私の将校ライバー共々、確かにリベラルの極地であろうかと思う。

     上記カフタイトルのクローズアップ。
     「ダハウの倉庫より発見された、LAH カフタイトルの最終ヴァージョン」といった感じの売り口上と共に、一時期良く見かけた。この4ポケライバージャケットに巻くには、最も相応しいカフタイトルと言えよう。


    ■夜間迷彩ライバー?

     元々ライバー迷彩には、赤外線暗視装置対策=夜間迷彩服としての機能があるとされているが、ボルサレロ氏の本(大分前に手放したので、タイトルは忘れたが)等によると、その効果を高める為に、パターンの上から更にカーボンブラックを全体にオーバープリントした物も試作されたというような記述がある。

     2000年に都内のサープラス店にて、この記述に合致するスイス軍迷彩服を発見した。
     形状は通常の2ポケットタイプのスイスライバージャケットと同じであるが、パターンの上から全体に薄く黒がオーバープリントされており、見た目はかなり黒っぽい。どうやらスイス軍でも似たような事をやっていたようだ。

     これをM45 スタイルに改造したのが左のジャケットである。何度かナイトゲームで着用したことがあるが、効果の程は定かでない。最近は赤外線暗視装置やスターライトスコープも手軽に入手できるようになったので、各国の夜間迷彩服を集めて、効果の程を見比べてみるのも面白いかも知れない。