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SS山岳部隊

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    ASCS98従軍記

    第1大隊長、フォン・バッテンベルクSS大隊指揮官

    アームズ・マガジン主催のサバイバル・ゲームマニアの祭典ASCS98は例年より半月遅れて8月29日、30日の両日に亙って本栖湖ハイランド・パークを舞台に開催された。当隊は部隊の総力を挙げてこれに参加すべく兵員の増強を開始した。
    時を経ずしてシュヴァルツ創立に馳せ参じた第1期入隊隊員を中核に、続々と参集したSS将兵は20名を超える規模となった。

    ここに至って連隊長から中野補給工廠(*1) に対し当隊カフタイトルと部隊章を作成することが命じられ、中野補給工廠長は南西アジア某国にある当隊提携工場へと飛んだ。今回の当隊カフタイトルは「SS日本人義勇大隊」と制定され、日の丸の盾型国章も制定された(*2)
    全隊員はヴァッフェンSSの制服に武士道の芳香漂う日本人部隊の徴章を付けて参戦することに欣喜した。

    0800時に集合地点に参集したシュヴァルツ全軍はまず軍旗親授式を開催した。
    軍旗は実際のSS大隊旗を大きさ、品質と共に忠実に再現したものにて、会場まで2名の軍旗衛兵に警護されて到着した。3時間に亙る輸送中、衛兵は片時も軍旗のそばを離れることを許されず、実包を装填したKar98とSSサーベルで完全武装の上、任務を遂行したのである(*3)
    軍旗はTPO軍を代表して連隊長副官に臨時任官したクラフトフェルトのタニー隊長が捧持し、連隊長に従って前進し、横隊整列した隊員に向かった。
    次席指揮官ピルツ大尉の号令が響く。

    オウゲーン ツェントルム!

    全隊員が連隊長に注目する。
    軍旗は翩翻と高原の朝風にたなびき、粛々と部隊へ近づいた。

    連隊長が静止すると隊列から第一大隊長フォン・バッテンベルク少佐に率いられた軍旗衛兵隊が前進し、連隊長の前で停止すると鮮やかに刀礼した。

    「シュヴァルツに軍旗を一旒さずける。 隊を象徴する軍旗を死守せよ」

    連隊長の命令に大隊長が奉答する

    「シュヴェルツ全軍は誓って軍旗を護持せん」

    タニー副官からハント少尉に軍旗が手渡された瞬間、全隊員から歓喜のジーク・ハイルが炸裂した。
    この旗は全てのゲームにおいて常に隊と行動を共にし、その日の最終戦闘において軍旗を捧持して負傷した連隊長自らの鮮血を吸うことにより(*4)「Blutfahne」(血染めの軍旗)と呼称されることになったのである。

    シュヴァルツは組み分けの結果、母体となった「ダイハード・クラブ」および初対面の「わがまま突撃隊」
    と共にLチームを構成することとなり恙無くレギュレーションチェックを終えた。
    シュヴァルツの火器は第二次大戦装備に限定されている為MG34、42の機関銃を支援火器とし、MP44、MP40が主力を担っていた。 将校は全員拳銃のみを携帯する規定である(*5)

    第一競技はゲーム界の古豪「上海亭」を主力としたチームである。
    連隊長直率の下、部隊はディファネ・ホッホを高らかに合唱しつつ篠突く雨の中を行軍していく。
    電動ガンなにするものぞ(*6)、我に正しき道義あり、隊員の士気は高かった。
    ゲームが開始されるとLチームは主力を正面に配置し、フラッグ周囲には最小限の守衛兵を配置して一斉突撃に移った。 早くも進入路上では激しい戦闘が開始された。
    遊撃部隊はブッシュを突破せよとの命令に応えてSS兵がイバラの薮に飛び込んで行く。
    しかしここで悲劇は起こった。 イバラは広範囲に亙って密集しており、隊員に負傷者が続出したのである。

    「隊長、第一小隊 前進不能。」
    「第二小隊は負傷者3名後送します。」

    前線からは悲痛な叫びが聞こえてくる。

    「ひるむな、SS前へ!」

    連隊長の怒号が周囲の山にこだまする。

    やがて守衛兵から「敵襲」の叫びが上がった。しまった背後を突かれたか。
    迂回路を前進した敵兵は僅少の守衛兵を蹴散らしフラッグをゲットしていたのである。
    第一競技は終わった。 ブッシュ突破に失敗した各小隊長は責任をとってその場で拳銃自殺し、直ちに先任下士官が小隊の指揮を執った(*7)

    戦闘配置に付くSchwarz!隊員。
    迷彩服を着用しているが、効果は皆無に近い
    という事がお分かり頂けるであろう。
    この写真ではドット迷彩と呼ばれるパターン
    を着用しているが、これは日本では秋冬以外
    は役に立たない。

    第二競技は両陣の中間地点にある高地を巡る熾烈な銃撃戦となった。
    戦線が膠着したと見るや第一大隊長は吶喊の命令を下すと同時に自らディファネ・ホッホを高唱しつつ敵陣に突撃した。 たちまち三方から降り注ぐあられのような銃弾を受け、もんどり打って高地の斜面を転げ落ちていく。 大隊長殿に続け。 隊員達はディファネ・ホッホの歌声も高らかに次々と突撃を敢行していく(*8)。この戦闘で攻撃部隊は兵力の大半を失い、戦線は膠着した。

    敵は当方の戦力減を見て取るや守備隊を前進させ包囲戦を企図する。
    当方の戦線を支えるのはわずかに3名のSS隊員である。
    この時フォン・エイナル上等兵はシュネルフォイヤー一丁を片手に単身ブッシュに潜伏し敵の接近を待った。
    正面の敵兵を2名狙撃すると背後から回り込まれることを予測して照準を合わせて待つ。
    高地を一望できるセイフティ・ゾーンからは戦死した味方が固唾を飲んで見守っている。
    エイナルの照星に敵の姿が重なった。

    シュポポポポー

    満を持してシュネルフォイヤーが軽快な発射音を響かせる。 敵兵はたまらずヒット・コールを叫んだ。
    直後、見計らったかの如くタイム・アップの笛が鳴った。
    期せずしてセイフティからは味方の歓声が沸き上がった。

    ジーク・エイナル! ジーク・エイナル!(*9)

    ついに高地における均衡は破られなかったのである。
    戦死者数の寡多でLチームは敗北を喫すこととなったが、隊員達の士気は絶頂に達していた。
    エイナル上等兵は後日この時の単独戦線維持の功績により白兵戦章銅章を授与されることになる。

    第三競技はハンドガン戦であった。
    火力の不足に苦しんできたシュヴァルツもハンドガン戦とあらばハンデはない。 部隊の真価が問われる戦いとなった。
    開始の合図と共に連隊長を先頭にSS隊員は一斉に急斜面を駆け上がって行く。
    不思議なことに敵兵の偵察兵は射程範囲に入っても散発的な射撃に終始している。
    連隊長が叫んだ。 突撃したい者は前へ出よ。 全員がヤーボールと応える。
    よし、行くぞ。 連隊長を先頭に全員が一斉に突撃に移った。 ディファネ・ホッホが響き渡る。
    先頭を進む連隊長が倒れた。 連隊長負傷(*10)。 衛生兵はどこだー。 タニー副官が長身の連隊長を抱えて弾雨の中を突進する。
    第一小隊長は指揮を執れ、 第一小隊つっこめー、戦場は混戦状態を呈し始めた。
    敵陣へ向かう斜面にSS兵士が雪崩をうつように殺到する。 フラッグまであとわずかなところでタニー副官が伏兵に狙撃される。
    くそっ SSの死に様を見よ、フォン・バッテンベルク少佐がすぐ後に続き副官を倒した敵兵にルガーP08のパラベラム弾を撃ち込んだ。 最後に残った側面の守備兵が反撃に出て少佐はフラッグ手前2メートルで倒れた。正面攻撃隊もピルツ大尉のみとなりこれで一騎打ちである。

    その頃敵陣背後の斜面を降下したゼップ中尉は静かにフラッグ後方を進んでいた。
    敵は正面のピルツ大尉に気を取られて気づいていない。
    チャンスだ。ゼップ中尉は静かに間合いを詰めていく。
    ピルツ大尉が敵弾をくらって転げ落ちた、間髪を入れずゼップ中尉はフラッグ守備兵目掛けて突進した。
    バスッ バスッ P08の銃声が響き敵兵は倒れた。 ゼップ中尉はフラッグをもぎ取るとそれを高く掲げた。
    勝利である。 セイフティーからはジーク・ゼップの歓呼の雄たけびが上がった。

    三競技を終わってLチームは1勝2敗で翌日に希望をつないでいた。
    台風の接近に伴い次第に風雨は強くなっていく。
    翌日は一戦も落とすことは出来ない。 連隊長からは後退した者は銃殺せよとの命令が下った(*11)

    翌日の本栖湖は曇天ながらも雨は上がり穏やかな天候となった。 必勝の意気上がる当隊員は早目の朝食を済ませ出撃準備にかかった。
    そこへ主催者からの隊長集合命令が届いた。 いやな予感がする。すでに周辺の交通網は分断され、日本の各地で被害が拡大しているというニュ−スの報道を目にしていたのである。
    やがて連隊長が戻り、ゲームの中止を告げた。

    その瞬間部隊を沈黙が支配した。 沈黙は無念の啜り泣きに変わり、やがて号泣する者も現れた。
    SSが泣くな、ASCSはこれからもある。 当隊は最後まで軍規を厳正に保ち根拠地に帰着せよ。
    連隊長の目尻にもにじむものがあった。

    シュヴァルツ全軍は血染めの軍旗を先頭に粛々と撤収を開始し、中央道を帰路についたのである。


    *監修者注*
    *1
    海外提携工場への生産指示・管理を主とする他、皮革製品の製造を行っている。
    *2
    小林源文先生の『東亜総統特務隊』に登場する日本人SS義勇部隊が用いている徽章の事。昔「ギャリソン」というショップから盾型章が発売されていたが、現在入手不可能な為、ギャリソンでも制作しなかったカフタイトルと共に自作した。
    *3
    勿論ウソ。
    *4
    これは本当。*10を参照。
    *5
    実際は武装を当時のスタイルで統一する為に、将校が所有しているMP-44等の長物をそれらを有していない兵/下士官に貸与した為に、将校は拳銃で戦う事となった。
    将校の多くはそれでもフジミのモーゼルM712(フル/セミ可能なガスハンドガン:シュネルホイヤー)を装備し、火力の低下を極力押さえるようにしていた。
    *6
    当然の事ながら、シュヴァルツ!を主力とするLチームの電動率は参加全チーム中最低であったろう。何せ市販されている独軍電動ガンは松栄のMP-44、Mkb-42しかなく、しかも1丁8万円近くするので、そうそう数を揃えられるものではない。
    他は隊員が自作した電動MP−40やMG−34、MG−42、ZB−26等があったが後の3丁は図体のデカい機関銃の為、弾数制限のあるリーグ戦には不利であり、投入はされなかった。
    電動ガンが行き渡らない隊員はマルシンのKar98k(カート式コッキング)、アサヒのMP-40(ガスフルオート)等で武装していた。
    *7
    勿論、次ゲームでは拳銃自殺した小隊長は復活する。
    *8
    実際は連隊長は「止まれ、突っ込むな!」と命令したのだが、自分達の歌声(相当デカかった)で聞こえなかったのか、命令の意味を理解できなかったらしい。
    何故ならば7月、8月と対ASCS向け練習を行っていたのであるが、時間の関係で「攻撃」「突撃」の部分までしか隊員に仕込む事ができず、「防御」とか「一時退却」の型を教えていなかったのである。よって隊員達は命令イコール「突撃」だと思い込んでいたフシがある。
    「歌いながら突撃」というのも練習で叩き込んだものであり(歌声の大きさで残存兵力を把握できるから)、これも今回は裏目にでた。命令が聞こえないんじゃねえ。
    まあ、彼等としては練習時に教えられた通りのパターンで行動したのであろうが、おかげで後方に残された連隊長以下の司令部要員は敵の猛攻を受け「エライ苦労」をする羽目になった。気付いた頃には連隊長と副官、衛兵1の3名で戦線を支えていたのであった。
    次回からは「止まる事」も仕込んでおかねばならないと連隊長は痛感したそうな。
    *9
    実際は「ジーク・アナル!」と叫んでいた。
    「アナル」とは当隊のM堀上等兵のニックネームで由来はちょっと言えない。
    最近ドイツ語風に「エイナル」と改めた。
    あの時は「勝利・ケツの穴!」という叫びが本栖の野に響き渡った。
    事情を知らない人は「なんてお下劣な連中なんだ!」と思った事だろう。否定できないのが辛い所である。
    *10
    急坂を駆け登っていた最中に石にけつまづいて転んだ。
    フィールドは富士の溶岩台地上であったので、鋭い切り口の岩が多く、連隊長は左腕をざっくりと切ってしまった。
    普通に転んでいれば大した怪我をせずにすんだのであるが、手にしていた買ったばかりのタナカP−08をかばう為、前回り受け身を取ったのが敗因であった。
    銃は無事だったが、受け身を取り終えた時に左腕と腰を突き出ていた岩で強打してしまい、しばらく呼吸ができなかったが、敵の射界のド真中で転倒した為にじっとしている訳にもいかず、クラフトフェルト隊長の肩を借りながら、なんとか走りぬいた。
    とりあえずP−08が無事で良かった。
    ゲーム終了後、軍旗で流れ出る血を拭って「血染めの軍旗」を作った。
    軍旗表面右下の方にある茶色い染みがその部分である。機会があったら見てごらん。
    *11
    だからと言って、私が「止まれ」とか「下がれ」と命じた時は良いのだよ。隊員諸君!
    来年からは気を付けるように。