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SS山岳部隊

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    2010.02.09 | Photo Equipment

    Camera Tripod

    ドイツ軍で用いられていたと思しきカメラ用の三脚である。
    以前紹介したZeiss Ikon製の木製三脚とは異なり、金属製の簡素な作りで、中古カメラ店のワゴン等で¥500-とかで売られていたりするのを見かけるような、何の変哲もないスタイルである。

    三脚自体は、ヘッドの部分に「1940」の刻印があるので、1940年製であると思われるが、特に軍関係の刻印がある訳ではない。
    一方、この三脚が収まっていたケースには、ヴァッフェンアムトの刻印と「1938」の刻印が見られ、ケースは1938年製であるようだ。
    まあ、この手の刻印は後からいくらでも入れられるし、本当にこの三脚が元々このケースに納まっていたのか? という疑問もあるが、ケースの作りは軍用っぽい(特にストラップ)し、三脚も1940年のドイツ製であることには間違いないので、当時の戦時報道部隊等で使用されていたと考えても特に矛盾はないように思う。

    この種の三脚は携帯には便利だが、自重が軽く、華奢なため、安定性に関しては当然ながらZeiss Ikon製の木製三脚のような大型でそれなりの重さがあるものの方が上である。中判、大判カメラと組み合わせるというよりは、やはりLeicaやContaxのような小型カメラと組み合わせて、機動力を発揮するような使い方が向いているだろう。

    独軍用三脚。

    伸縮式の足を収納した状態。
    ご覧のように、スタイルとしては一昔前の典型的な小型三脚である。
    足は3段階に伸縮する。

    三脚頭部の刻印。

    三脚自体には特に軍用であることを示すような刻印は入れられておらず、頭部にメーカー名と製造年と思われる「1940」の文字が刻まれているのみである。

    ネジは勿論大ネジ。

    三脚ケース。

    黒革製でベルト用ループを備える等、こちらは軍用といった感じ。
    特に付属のストラップは、雑嚢用ストラップ等と似た様な素材で出来ている。

    ヴァッフェンアムト刻印。

    ケースにはご覧のように、アムトの刻印と製造年刻印が入れられている。
    三脚は1940年製だが、ケースは1938年製のようだ。
    従って、元々この三脚がこのケースとセットになって支給されていたのかどうかは疑問。
    三脚のサイズは決まっているので、この手の伸縮式小型三脚なら、大抵このケースに収まると思う。

    2010.01.22 | Schwarz! 秘宝館

    “SS-Totenkopfverbaende” Fake Leica

    十余年に及ぶ当隊活動において、特に必要となる衣服装備品を揃える過程において、ご他聞に漏れず当隊隊員の多くも「パチモン」を掴まされたり、掴んだり、作ったりしてきた。

    まあ、マニオンでページ買いといった強引な手法を執る隊員もいるので、意図せず壮絶なパチモンを掴んでしまうこともままあるのだが、大抵は新たに発見した海外の店から試しにブツを取り寄せてみたら、とか、監督不行届きで製作を依頼した徽章類に勝手な意匠を加えられてしまったり、といった感じで蓄積されていく他、余りにもその内容が素晴らし(ヒド)過ぎる場合、敢えてこちらから掴みに行ってしまったりもする。

    このようにして蓄積されていった「パチモン」の中でも、特に壮絶な内容のものは、「Schwarz! 秘宝館」に陳列される栄誉を与えられることは先に紹介した通りである。
    現在、当隊において最大のパチモンコレクションを有するバット中佐が、その膨大なコレクションを鋭意撮影中なので今後適宜紹介していきたいと思うが、撮影完了する迄は、そんな秘宝館アイテムの一例として他の隊員が所有するものを紹介してみたいと思う。

    記念すべき第1回目は、上の写真に見えるフェイクLeicaである。
    軍艦部上にデカデカと彫られた国家鷲章と「Waffen-SS」の文字が目に突き刺さるようだ。
    世にフェイクライカは数あれど、これ程の禍々しさを持った逸品はそうはないだろう。
    で、どれ位のフェイク度なのかというと、

    まず、軍やSSで使用されたLeicaの中に、このような刻印が施された例はない。
    というか、通常この部分には「Leica」のロゴと「Ernst Leitz Wetzlar D.R.P.」のメーカー刻印が出荷段階で入っているので、このような刻印を入れる余地はないのだ。軍用ライカに良く見られる刻印は、その余白部分にちょこっと入れられたり、ボディ背面にひっそりと入れられているのが普通だ。

    次に独軍用ライカとして、Leica IIは一般的ではない。
    全く使用例が無い訳ではないが、当時の記録写真や、現在迄に確認されている実物を見る限り、Leica IIIシリーズが一般的である。

    そしてこのカメラは、そもそもライカではない。ソ連製のライカコピー機の「Zorki(ゾルキー)」である。その軍艦部に独軍関係の刻印を入れることで、高値で取り引きされている独軍用ライカのフェイクにしている訳である。

    このように、二重三重にフェイクな逸品なのだが、入れられている刻印類もツッコミ所満載である。以下に詳細を紹介しよう。

    軍艦部の刻印。

    そもそもここにデカデカと軍用刻印が入る余地がないことは上述の通り。
    その点には目を瞑るとしても、武装SSなのに陸軍型の国家鷲章が入っているのは頂けない。
    SSのアドラーは頭が右向きだし、翼の形も違う。

    更に製造番号が「Nr. 357233」と入っているが、本物のライカなら「No. 357233」となっていなければならない。ドイツのだからドイツ語だろうと思って「Nr.」にしたんだろうけど、これは余計な気遣い。

    ちなみに製造番号「357233」は実際の製品には割り当てられていない番号帯である。
    多分、特殊なライカということで狙ってやったのだと思うが、「Nr.」と彫ってしまう等、詰めが甘い。

    背面の刻印。

    な、なんと「SS-Totenkopfverbaende(SS髑髏部隊)」と彫られている! これは目に滲みる!!

    「L.A.H.」とか「Gross Deutschland」といった有名部隊名が刻印されたものはタマに見かけるが、髑髏部隊はフェイクでもかなりレア。というか、フェイクじゃなければお目にかかれない逸品と言えよう。
    実物が存在しないファンタジー系アイテムの典型である。

    ロシア人的には、商売になれば、なんでもいいらしい。

    “SS-Totenkopfverbaende” 刻印拡大。

    気合い入れて彫り始めてはみたものの、スペースが足りなくなってしまい、最後の「e」が小さくなってしまったのはご愛嬌。

    実物Leica IIとの比較。

    右が本物のLeica II。

    手元に程度の良いLeica […]

    2010.01.22 | Photo Equipment

    Contax III

    近年、SS戦争報道部隊員に対する支給品リストが発見され、その一例としてノイマンSS少尉に支給された機材一覧を先に紹介したが、これは小型カメラのLeica IIIbと中判カメラのPlaubel Makina IIとから構成されていた。

    Leicaはドイツが世界に誇る、E.Leitz社製の優れた35mm判レンジファインダーカメラであるが、同ジャンルのカメラとしては、Carl Zeissのカメラ部門であるZeiss Ikon社のContaxもまた有名である。LeicaとContaxは当時の世界において、35mm判カメラの双璧を為す存在であったと言っても過言ではない。

    当時のSS戦争報道部隊員を写した写真から、Contaxもまた使用されていたことは既に知られていたが、こちらもそのことを裏付ける資料が発見されている。
    クルトエッガース連隊のメルツSS軍曹に支給された機材は以下の通りであった、

    1 Ledertasche fuer Photoausruestungsgegenstaende(機材収納用革鞄)
    1 Kameratasche fuer Contax Leder(Contax III用速写ケース)
    1 Contaxgehaeuse mit elektrisehem Belichtungsmesser Nr.34736(Contax III)
    1 Sonnar 1:1.5 F=5cm Nr.2554701(Sonner 50mm f1.5 標準レンズ)
    1 Weitwinkel “Biogon” 1:2.8 F=3.5cm Nr.2471261(Biogon 35mm f2.8 広角レンズ)
    1 Triotar 1:4 F=8.5cm Nr.2404365(Triotar 85mm F4 望遠レンズ)
    1 Belichtungsmesser “Bevi” mit Lederetui(Bevi電気式露出計、革ケース付)
    1 Lederbeutel mit Filme(フィルム用革ケース)
    1 Kontaktmappe(印画紙用ホルダー)
    1 Leihempfangsschein der GruppeBild(集合写真受領書)

    (山下英一郎著『制服の帝国ーWWIIドイツ軍装写真集1「武装SS」』新紀元社 2005、P.106より)

    「Contaxgehaeuse mit […]

    2010.01.22 | Photo Equipment

    Leica IIIcK

    当隊隊員が所有するLeicaの中で、一番「軍用っぽい」ルックスをしているのが、このLeica IIIcKグレーモデルである。

    特に軍やSS関係の刻印がある訳でも、資料によって軍で使用されていたことが判明している訳でもなく、単に色がグレーなので軍用っぽいというだけの話しなのだが、独軍装に一番似合うLeicaであることに異論はないだろう。

    ●Leica IIIcKについて

    Leica IIIcKは、戦中型IIIcにベアリングシャッターを搭載したモデルで、1942年より製造が開始された。しかし、1942年以降、全てのIIIcがIIIcKに切り替わった訳ではなく、通常のIIIcも平行して生産されていた。

    ベアリングシャッターの搭載は、熱帯や寒冷地、高高度を飛行する航空機内等の極端な気温条件下でのシャッター動作の確実性を確保するためのもので、特に寒冷地でグリスが凍結して動作不良を起こすという問題に対処したものだと考えられる。

    こうした気温変化に対する試みとしては、IIIcの1940~41年のロットの機体の一部に赤いシャッター幕が搭載されことを「Leica IIIc」にて述べたが、これは当時唱えられていた「色によって蓄熱/放熱効果が異なる」とする説に基づいたもので、特に赤が放熱効果が高い(遠赤外線効果の逆のような感じ)とされていたことから、赤幕が採用されたものと考えられる。同じ理論に基づくものとして、アフリカ戦線の将兵に支給された赤い内張を持つ防暑帽や略帽があり、いずれも1940年に製造されているのが興味深い所である。

    このアフリカ戦線向けの帽子類の例から類推すると、赤幕は太陽光線に対するシャッター幕の保護と、熱の蓄積によるフィルムの変質及び発火を防ぐためのものであったと思われる。しかし、実際には想定されたような効果を発揮しなかったことから、帽子の赤い内張は廃止され、赤幕も同様に効果を発揮しなかったことから短期間で適用が中止されたのではなかろうか。
    赤幕モデル生産中止の翌年の1942年にIIIcKがリリースされた事を考えると、当初は、太陽光線の直射や高温に対しては赤いシャッター幕で対処し、低温に対してはベアリングシャッターで対処することで、いかなる気温条件下でも確実に使えるカメラとして企画されていたのかもしれない。

    Leica IIIcK + 赤幕。

    当初はこうする計画だったのだろうか?
    ただ、ベアリングシャッターはともかく、赤幕の効果の程は疑わしい。

    ベアリングシャッターが搭載された点を除けば、IIIcKは通常のIIIcと何ら変わる所はない。外観についても同様であるが、軍艦部上のシリアルナンバーに続いてドイツ語でボールベアリングを意味する「Kugellagar」(クーゲルラーガー)の頭文字「K」が刻印されている点と、シャッター幕に白又は赤のインキで「K」と印されている点とで識別可能である。
    しかし、製造番号391101~391300の機体はベアリングシャッターを搭載しているにも関わらず、軍艦部上に「K」刻印がない。シャッター幕にはKマークが入っているが、戦後のメンテナンスで幕が交換されてしまっている場合、外観から判別する手段はなくなってしまうのだが、上記番号帯のものは、表記はなくてもIIIcKであるので、戦中型IIIcをお持ちの方はチェックしてみて頂きたい。ひょっとしたらただの段付きIIIcだと思っていたものがIIIcKだったということがあるかもしれない。

    何故この200台に限ってKマークが軍艦部上に刻印されなかったのか、確かな理由は分からない。ただ、このロットの直後のNo.392000あたりからのIIIc戦中型や、IIIc戦後型、IIIf、IIIg型には標準でベアリングシャッターが搭載されるようになったことを考えると、以後は標準装備とするので、特別な刻印は施さないという方針によるものだったのではないかと思われる。

    尚、IIIcKはグレーモデル同様に軍用とされる事が多く、実際に最も多用したのが軍であることには間違いは無いのだが、IIIc戦中型後期生産分からベアリングシャッターが標準装備されるようになったことを考えると、純粋に軍用として開発されたのかどうかは疑問が残る。恐らくは戦時中であったため、その多くが軍に納入されたに過ぎず、本来は通常の市販品のために開発された技術ではなかったかと思われる。

    ●レニ=リーフェンシュタールのIIIcK

    2003年秋、同年101歳で逝去したドイツの女優・映画監督として著名なレニ=リーフェンシュタールが使用していたIIIcKグレーがオークションに出品された。彼女は1934年にニュールンベルグで開催されたナチ党党大会の記録映画「意志の勝利」や、1936年のベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」「民族の祭典」等の監督を務めた他、戦時中に宣伝省配下の戦時報道部隊に所属していた事から、ナチスのプロパガンダに加担した罪で、戦後フランスにて戦争犯罪者として裁かれるが、ナチ党党員でなかった事等から無罪となり、以後死に至るまで、映画監督、写真家としての活動を続けたことが知られている。

    そのリーフェンシュタールが1960年代後半にアフリカのヌバ族を扱った写真集「NUEBA」の撮影に使用したカメラの1台がIIIcKグレーであった。彼女は戦前よりライカを使用していたことで有名であるが、この機体は1950年代にニューヨークにて中古で入手したとされる。元々は1945年にアメリカの軍人がドイツで入手したものだと言われ、1951年にライツ社にてIIIfへの改造サービスを受けているのが特徴である。製造番号は390452Kで、彼女はこの機体のことを「IIIfK」と呼んでたそうだ。IIIfは標準でベアリングシャッターが搭載されているので、わざわざ末尾に「K」をつけて呼ばなくても良いのではないかという気がしないでもないが(どうしてもというなら「IIIfグレー」と呼ぶとか)、レニ=リーフェンシュタールのライカへの思い入れというか、こだわりが伺われるエピソードであろう。わざわざ変な呼び方してる所がマニアっぽい。

    所で、当隊のIIIcKグレーも戦後にIIIfに改造されており、見た目はリーフェンシュタールのIIIfKと全く同じである。製造番号も390628Kと176番違いで、製造ロットも同じであると思われる。恐らくこの機体も390452K同様に、アメリカの軍人によって米国にもたらされた後にIIIfに改造されたものと推察されるのだが、ひょっとするとこの機体がリーフェンシュタールの手元に渡った可能性もあったのではないか、紙一重の所で一方はレニ=リーフェンシュタールに、こちらは日本へという運命を辿ったのではないか? などと考えるとちょっと楽しい。

    因みに、リーフェンシュタールのIIIcKグレーは400万円だったか、700万円だったかで落札されたそうだが、全く同じ仕様の機体とは言え、著名人の手垢のついていない当隊の機体は、IIIcKグレーの相場よりは幾分安い値段で売られていた。恐らくIIIfに改造されてしまっていたのがマイナス評価となったのであろう。しかし、IIIcK自体の生産数が推定2000~3000台と言われており、量産品としてはかなり少ない部類であり、更にKでグレー塗装でIIIfに改造されている機体となると、数はかなり限られてくるのではないかと思われる。これに「レニが使っていたのとかなり近い製造番号」という条件を加味すると、恐らく現存しているのは数台レベルにまでなるのではなかろうか? ライカ通一般の評価の対象にはならないとは言え、そういう意味では、これはこれで結構レアな機体なんじゃないかと思う次第である。

    Leica […]

    2010.01.21 | Photo Equipment

    Leica IIIc

    Leica IIIb以外にもSS-Kriegsberichterでは、IIIcも用いられていたことが判明している。
    Leica III〜IIIb迄は外観上の差異が殆どなく、写真からどの型であるかを判別するのは難しいのだが、IIIcは後述するように、幾つかの特徴を持っているので、比較的機体が鮮明に写っている写真であれば、それがIIIcであることを識別することは容易である。

    当隊でもIIIbに加え、IIIcを装備している。
    隊員各人が所有するLeica本体を合算すると、隊全体としては以下のような装備状況である。

    Leica II ×1
    Leica III ×1
    Leica IIIa ×2
    Leica IIIb ×1
    Leica IIIc ×1
    Leica IIIc赤幕 ×1
    Leica IIIcK ×1

    この中で、数的にも使用頻度的にも主力と言えるのが、IIIcシリーズである。

    ●戦中型IIIc

    Leica IIIcは1940年より製造が開始された、機体の成形が従来の板金加工からダイキャスト製法に変更された最初のモデルである。これに伴い、寸法が縦約2mm、横約3mm程大きくなったが、重量は内部の支持部品の合理化等により、IIIbと比べて約15g程軽くなっている。また、巻戻し切替えレバー下に段差がある事から、戦後型IIIcと区別するために国内では「段付きIIIc」と俗称されている。海外では「Leica IIIc 1st model」「Wartime Leica IIIc」「IIIc Wartime model」等と呼ばれているようだ。

    IIIc戦中型を特徴づけるこの段差は、IIIbで生じた巻き戻し切り替えレバー付け根の開口部から、塵等が侵入するのを防ぐために設けられたものである。同様に巻戻しノブ基部の視度補正レバー付け根の開口部を塞ぐために、この部分にも段差が設けられている。巻戻し切り替えレバー基部の段差はIIIc戦後型から再び無くなるのだが、巻戻しノブ基部の段差はIIIg型まで継承された。

    III〜IIIbに対するIIIcのもう一つの外観上の特徴は、レンズマウント部に向けて伸びたエプロンと、これと一体成形された距離計カバーとからなる軍艦部にある。このスタイルはLマウントライカの最終機となる、1957年発売のIIIg型及び、M3、M2、M1といった初期のM型ライカに継承され、M4でエプロンが廃止される迄、レンジファンダーライカの基本スタイルとなった。

    製造年代から、IIIc戦中型は大多数が軍を始めとする政府機関やナチ党関係機関に納入されたと考えられているが、1940年当時のライツ社のカタログにはIIIcの写真と価格が掲載されており、一般のドイツ国内市場にも僅かながら出回っていたようだ。また、ドイツ国外にもスイスやスウェーデンといった中立国や、当時ドイツと良好な関係にあった南米諸国に若干数が出荷されたことも知られている。敵対関係にあった英国軍用としてIIIcが存在している事も知られているが、これは恐らくそういった国々から買い付けたか、戦場でろ獲したものではないかと思わる。
    日本にもUボートで様々な兵器類と共に、30台程度のIIIcがもたらされたとする説がある。これらのIIIcは日本海軍の報道班員に支給されたようだ。恐らく当時の軍の記録等を丹念に調べれば、日本向けIIIcの番号帯を記した記録が見つかるかと思うのだが、現時点では全く不明である。従って、市場に流通しているIIIc戦中型の中にはこうしたエピソードを持つ機体が人知れず存在しているのかも知れない。

    ●戦中型IIIcヴァリエーション

    製造期間も長く、生産数も多かった戦中型IIIcには幾つかのヴァリエーションが存在しているが、その形状から、初期型と中期型と後期型に大別される。

    初期型は底蓋開閉キーが戦後のIIIcやIIIfのような鍵型をしているのと、ボディ前面の低速シャッターダイヤルに誤作動防止用のストッパーボタンが無いのが特徴である。この鍵型の開閉キーを持つ機体は1940年のロットのものに限られる。

    中期型は底蓋開閉キー形状がIIIb以前の型のような円形となり、ストッパー無しの低速シャッターダイヤルを有するのが特徴。

    後期型では底蓋開閉キーは引き続き円形だが、低速シャッターダイヤルの12時部分に小さなストッパーボタンが装備され、これを押しながらでないと、低速シャッターダイヤルを回転させられないようになっている。この低速シャッターダイヤルのストッパーボタンは戦後型IIIcの特徴と思われがちなのだが、IIIc戦中型の後期生産分から採用され、これ以降、IIIg型迄引き継がれている。

    また、戦中型IIIcには多くのドイツ軍用モデルがあることが知られている。「Heer」乃至は「Heers Eigentum」刻印入りの陸軍用、鷲章と海軍を示す「M」の文字との組合せの刻印の入った海軍用、「Luftwaffen-Eigentum」と「Fl No.3908」刻印の入った空軍用等である。これらは単に刻印上の違いだけで、内部機構は通常のモデルと特に変わる所はない。

    軍用以外のヴァリエーションとしては、耐温度変化性能実験のために赤いシャッター幕を用いた「赤幕」モデル、クローム節約のためにグレー仕上げとしたグレーモデル、赤幕同様に温度変化への対応を目的として、ボールベアリングをシャッターに組み込んだ「IIIcK」等がある。グレーやIIIcKモデルは「軍用」とされる場合が多く、実際にそれらのかなりの部分は軍で使用されたと考えられるのだが、いずれもクロームの節約や温度変化への対応といった実際的な理由によるものであり、必ずしも軍用として生産された訳ではないと思われる。

    その他、戦中型IIIcにセルフタイマーを組み込んだIIId型や、若干の改良を施して戦後生産された戦後型IIIcもヴァリエーションの一つと言えるだろう。

    Leica IIIc […]

    2010.01.21 | Photo Equipment

    Photo equipment

    当隊では活動記録をデジタルカメラだけでなく、当時のSS戦争報道部隊(SS-Kriegsberichter : SS-KB)が使用していたものと同型のフィルムカメラも用いて撮影している。

    SS-KBで使用された撮影機材としては、隊員の証言や、彼等自身を撮影した写真に写り込んでいたものから、LeicaやContaxといったドイツ製の35mmカメラ等が使われていたことが知られていたが、近年、支給機材一覧を記したドキュメントが発見され、彼等の撮影機材に関する研究は大きく進展することになった。
    その一例として、クルトエッガース連隊のノイマンSS少尉に支給された機材を紹介すると、

    1 Leica Nr.347514(Leica IIIb)
    1 Hektor Leitz 2.8cm Nr.531118(Leica用28mmレンズ)
    1 Elmar 3.5cm Nr.493524(Leica用35mmレンズ)
    1 Summitar 5cm Nr.525053(Leica用50mmレンズ)
    1 Hektor 13.5cm Leitz Nr.575229(Leica用135mmレンズ)
    1 Gegenlichtblende f. Elmar(Elmar 35mm用レンズフード)
    2 Universalsucher(Leica用ユニバーサルファインダー)
    2 Gelbfilter(Leica用黄色フィルター)
    7 Filter(Leica用フィルター)
    2 Gegenlichtblenden(Leica用レンズフード)
    1 Sportsucher(スポーツファインダー)
    1 Wildlederbeutel(Leica用速写ケース)
    1 Optik f. Plaubel 10cm Nr.111493(Makina II、100mmレンズ付)
    1 Weitwinkel f. Plaubel Nr.108477(Makina II用広角レンズ)
    1 Teleobj. 19cm Nr.110136(Makina II用190mmレンズ)
    1 Makina Gegenlichtblende(Makina II用レンズフード)
    3 Makina Gelbfilter(Makina II用黄色フィルター)
    4 versch. Filter(Makina II用フィルター)
    2 Ledertaschen […]